社会と個人 どう向きあうの

林住期 どのように暮らすのか。日々、自問自答する。

(462) 「14歳からの非戦入門」( 伊勢崎賢治著 ) 、刺激的だ

 

 

 

 

 

 

戦争をするためのプロパガンダが 行われてはいないだろうか。私たちの周りで……

「戦争プロパガンダ10の法則」

①われわれは戦争をしたくはない

②しかし敵側が一方的に戦争を望んだ

③敵の指導者は悪魔のような人間だ

④れは領土や覇権のためにではなく、偉大な使命のために戦う

⑤われわれも意図せざる犠牲を出すことがある。だが敵はわざと残虐行為におよんでいる

⑥敵は卑劣な兵器や戦略を用いている

⑦受けた被害は小さく、敵に与えた被害は甚大だ

⑧芸術家や知識人も正義の戦いを支持している

⑨われわれの大義は神聖なものである

⑩この正義に疑問を投げかける者は裏切り者である

 

 

ロシアのウクライナ侵略、イスラエルのジェノサイド攻撃の「停戦」をめぐる動きが目まぐるしい。
戦争の激化で死者や負傷者が日々 発生し、町や村が破壊されていることに怒りを禁じえない。
 「ロシアは侵略をやめろ」「イスラエルも攻撃を止めろ」

 「停戦」で守るべきことは何か。

 わがことに置き換えて、家族や仲間、知人を守るにはどうするのか。「いざの時が来ない」ように何をするべきか。「軍備拡大」が当然のように通るような風潮はどうであろうか。


こういう状況の中で、「14歳からの非戦入門」( 伊勢崎賢治著 ) は刺激的だ。

 

 

 

 

世界の紛争現場で仕事をしてきたから、言葉に説得力がある。れいわ新選組の安全保障担当とのこと、面白い。あくまで、現場の人。

 

伊勢崎賢治 ( いせざきけんじ )

1957年、東京都生まれ。 2023年3月まで東京外国語大 学教授、同大学院教授 (紛争予防と平和構築講座)。イ ンド留学中、現地スラム街の居住権をめぐる住民運動に かかわる。 国際NGO 職員として、内戦初期のシエラレ オネを皮切りにアフリカ3カ国で 10 年間、開発援助に 従事。2000年から国連職員として、インドネシアから の独立運動が起きていた東ティモールに赴き、国連 PKO 暫定行政府の県知事を務める。 2001年からシエラ レオネで国連派遣団の武装解除部長を担い、内戦終結に 貢献。2003年からは日本政府特別代表としてアフガニ スタンの武装解除を担当。

 

 

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気になった箇所を抜粋する。勉強になる。

 

 

位置No. 2/2449

 新たな敵が現れた。もしくは、従来の敵が新たにこんな不穏な動きをしている。
このまま放っておけない。国家の存続の危機はすぐそこに迫っている。敵が攻めてくれば大事な家族が蹂躙される。女子どもにも容赦ない残忍な敵である。今すぐに守りを固めなければならない。
「予算がない? 緊急事態に即応する戦力の出動や戒厳令を敷く法律がない? そんなこと言っている場合か!」
 こんな言説が、権力者によってメディアを駆使して恣意的に流布され、敵への憎悪が掻き立てられる。こうした事態に対処するために、普段の慣例と法規を逸脱することを一般市民が受け入れる。あるいは、敵への対処に必要な法改正を急ぐ緊急性が社会に広く共有されていく。
 これが、「安全保障化」という事象である。

位置No.12/2449

 「安全保障化」とは、一般大衆に「恐怖」を植え付け、集団ヒステリアの凶行に走らせる一つの手法でもある。一例が、関東大震災朝鮮人虐殺事件である。大地震による混乱状態のなかで「朝鮮人が井戸に毒を投げ入れている」という言説が流布され、朝鮮人と目される住民が大衆の手によって大量に虐殺されたあの事件である。現代において同じことが起きれば、国際社会は確実にそれを「ジェノサイド」と見なす。日本はその歴史において、無辜であるはずの民衆が自ら進んで手を血で染める「安全保障化」の極端な例を経験しているのだ。

 

位置No.22/2449
「緩衝国家」とは、地理的に敵対する大国や軍事同盟の狭間に位置し、大国のどちらにつくかによって、その「代理戦争」の戦場となる国のことである。つまり大国の本土を無傷にとどめ、敵対する相手国を弱体化する戦争の戦場になる国々である。いわば大国のための地雷原になることである。それは大国に強制されるのではなく、「祖国のため」に自ら進んで、自発的な愛国心に駆られて、大国のための犠牲になるのだ。その「自発性」を引き出すのが、敵の「恐怖」を効果的に集団ヒステリア化させる「安全保障化」なのである。

 

 

 

位置No.22/2449

「緩衝国家」とは、地理的に敵対する大国や軍事同盟の狭間に位置し、大国のどちらにつくかによって、その「代理戦争」の戦場となる国のことである。つまり大国の本土を無傷にとどめ、敵対する相手国を弱体化する戦争の戦場になる国々である。いわば大国のための地雷原になることである。それは大国に強制されるのではなく、「祖国のため」に自ら進んで、自発的な愛国心に駆られて、大国のための犠牲になるのだ。その「自発性」を引き出すのが、敵の「恐怖」を効果的に集団ヒステリア化させる「安全保障化」なのである。

 

 

位置No.233/2449

シオニズム問題とは、ユダヤ民族が祖先の地パレスチナに国家を建設しようというシオニズム運動にかかわる諸問題の事。
19世紀後半になってユダヤ人の国家再興の運動が高まり、テオドル·ヘルツルが力をつくした結果、1948年にイスラエル国が独立し、2000年にわたるユダヤ民族の宿願が実現した。
しかし、もとから住んでいたアラブ人との間で新たな対立をひきおこし、現在でも解決がはかられていない。


位置No.390/2449
イスラエルによる積年の「共存違反=オスロ合意違反」によって被害を被ったパレスチナ難民は、600万人にのぼる。さらに、2023年10月7日の襲撃でハマスが拘束した人質だけがクローズアップされるが、イスラエルによって拘束され投獄されているパレスチナ人は現在まで8000人にも及び、そのうち10月7日以降に拘束されたのは3200名である。その多くが一般市民であり、未成年の子供は250名に及ぶ。
これは西岸地区で日常的に行われてきたことで、【ガザ戦争】開戦後、急増している。ハマスはその全員の解放を要求している。 イスラエル治安当局によるパレスチナ市民への令状なしの逮捕、拘束、そして拷問は、Arbitrary by Default =「専制的自由裁量が初期設定」と言われている。子供を含む無幸な市民が一方的な嫌疑で突然自由を奪われ、民事でなく軍事法廷で処罰され、長期に勾留されてきた。こうしたことを踏まえれば、私は、ハマスの要求には、正当性があると考える。 
10月7日の襲撃は、こういう積年の抑圧の時間軸の中で起きたものであるが、【ガザ戦争】は「”いきなり”悪魔が降臨」して始まったという印象操作によるハマスの絶対悪魔化が拡められた。



 

 

位置NO.412/2449

「比例原則」とは、自衛権行使の要件が満たされ反撃が正当化されたときに、その反撃の「烈度」を戒めるものだ。
市民の犠牲は、軍事行動における「比例原則」の議論で語るべき問題である。
反撃に伴う市民への第二次被害は、"許容範囲’でなければならない。それを超えた結果は、戦争犯罪と称されることになる。国際慣習法としての国際人道法が、戦う双方の自衛権の行使における「倍返し」を諫める「戦争のルール」の最も根本的なものである。
10月7日のハマスの所業は、“テロ"としてではなく、それ以前から連綿と続いている戦争の中で起きた一つの「奇襲攻撃」、いや「奇襲反撃」として認識されるべきである。そして、そこで起きたイスラエル市民への被害は、「比例原則」で戒められる軍事行動中の第二次被害として、そしてすでに3万人を超す(2024年2月末時点)。
ガザ一般市民の犠牲を生んでいるイスラエルの報復空爆と地上侵攻と対比させながら、国際人道法上の違反性が査定されるべき問題である。

 

 

位置No.495/2449

インサージェントとは、毛沢東の言う「民衆の海を泳ぐ魚」だ。
だから「現地社会の民衆を味方にしなければ勝てない」。これが、アフガニスタンイラクアメリカ軍が試行錯誤して得た教訓であり、ペトレイアス将軍によって、ベトナム戦争以来はじめて書き換えられたと言われる陸戦軍事ドクトリン、通称COIN: Counter-Insurgency である。


位置No.524/2449

アメリカがやったこの20年間の対テロ戦は結局どうなったか?
ISISを生み、世界に派生、拡大した。それ以前からも、世界中のムスリムを団結させてきたものは、パレスチナなのだ。イスラエル軍の地上侵攻がガザを軍事制圧できたとしても、それはきわめて短期的な軍事成果でしかない。ネタニヤフがどんなに小躍りして見せても、とうてい「勝利」とは程遠いものになる。これまでがそうであったように、新たな深い憎しみがパレスチナの若い世代をより過激化させ、ハマスや他の過激派の支持基盤をより強固にする。

 

 

位置No.777/2449

戦争の終結とは領土の奪回ではなく、「民族融和」である。

2022年2月24日に始まったとされるウクライナ戦争は、それ以前の2014年から始まったウクライナ 東部紛争、つまり大国ロシアが介入していた(ここを強調 したい)「ドンバス内戦」の延長である。つまり、ウクライナ戦争は、この段階から、ロシアといわゆる西側(アメリカ、EU&NATO) の対立が生む 「代理戦争」だったのである。

だから、「2022年2月に始まった戦争の原因は、それ以前のドンバス内戦にあり、親ロシア派住民が標的と なったその内戦が起きた根本の原因に対処しない限り、この戦争に終わりはない」と考えるのが真っ当な学問的姿勢である。

つまり、この戦争の「終わり」とは、親ロシア派住民と 親ヨーロッパ派住民の「和解」もしくは「民族融和」が達成されることである。「緩衝国家」というウクライナ地政学上の特質が、これ以上の犠牲を生まないよう、双方の大国からの介入に隙を与えない、両派住民の「強靭な共存の内政」を築きあげることである。

 

 

位置No.1186/2449

「不処罰の文化」と停戦

停戦へと国際政治を動かす世論形成のためには、一つの マインドセット (考え方)を社会に定着させることが必要 だ。たとえ、それが少数派であってもだ。

それは「停戦は事実行為であり、戦争の結果とは無関係 である」という考え方である。領土問題や民族自決権に発する係争地の帰属問題の決着、そして戦闘中に起きた戦争 犯罪の裁定は、むしろ戦闘行為が中断されてから時間をかけて真摯に扱うべきもの、ということだ。

とくに戦争犯罪について、実務者として指摘したいのは、 停戦仲介者に〝不可避的に〟浴びせかけられる糾弾である。

「不処罰の文化 (Culture of Impunity) を促進する悪魔」という糾弾だ。これに対するレジリエンス(適応能力)を社会 につくらなければ、停戦は実現しない。

停戦合意のためには、戦争犯罪などの人権問題は、暫定的に「棚上げ」をしなければならない。強調するが、それ は「不処罰」ではない。

 

 

位置No.1278/2449

「マグニツキー」は、当時のレートで256億円ものプー チン政権の横領事件を告発後、逮捕され、一年以上モスク ワで拘留されながら暴力を受け続けた後、2009年に獄 中死したロシア人弁護士セルゲイ・マグニツキーに由来す る。
オバマ政権のアメリカはこの事件を受け、2012年に ロシアを制裁の対象とするマグニツキー法を制定し、実施 した。
「標的制裁 (スマート・サンクション) 」。
つまり、人権侵害 を行った政府内の個人・団体をターゲットに、ビザ規制や 海外資産の凍結などを行う制裁法だ。 特記すべきは、国民全体に影響を及ぼす、いわゆる「経済制裁」とは一線を画すことだ。

 

 

位置No.2014/2449

そもそも「休戦」もしくは「停戦」というのは、戦闘が再開すれば真っ先に傷つく当事者が向かい合っているからこそ、停戦を「終戦」もしくは「和平」に移行させる未来に真摯なコミットが生まれるのだ。当事者以外の「部外者」は、そのプロセスを仲裁する役に徹する。これが和平プロセスの一般的な構図である。

 

 

位置No.2230/2449

通称「全土基地方式」とは
日米安保条約は第6条、そして日米地位協定第2条で、 アメリカが日本国内に米軍基地を置く「権利」を包括的に 認めている。後者は「個個の施設及び区域に関する協定は 第25条に定める合同委員会を通じて両政府が締結しなければならない」とあるので、アメリカ側に自由はないという議論もあるが、裏を返せば、合同委員会の決定があればどこでも基地が新設できるということである。

 

 

位置No.2072/2449

朝鮮国連軍地位協定を結ぶ日本
「国連が解消できない国連軍」と「地位協定」を結ぶおめでたい国が、世界でただ一つある。日本だ。
日本政府は、朝鮮国連軍に参加する国々と「朝鮮国連軍地位協定」を締結しており、それは現在も有効だ。
朝鮮戦争の休戦後も朝鮮国連軍の枠組みが残ったことを 受けて、日本政府は1954年、朝鮮国連軍の日本の法的地位について定めた地位協定を朝鮮国連軍参加国と結んだ。

 


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