社会と個人 どう向きあうの

林住期 どのように暮らすのか。日々、自問自答する。

COVID-19 TK-File (45)  黒木登志夫        2022 年 12 月 23 日

   

www.covid19-yamanaka.com

 

https://shard.toriaez.jp/q1541/356.pdf

 

COVID-19 TK-File (45)    黒木登志夫
                                            2022 年 12 月 23 日

  •  WHO によると、日本の 1 週間の感染者は世界の 15%を占め、世界一だったということです。日本で流行しているのは、BA.5.2 由来の 3 株で、欧米の BQ.1 系統ではありません。
    ウイルスのゲノム情報がますます重要になってきましたのに、日本のゲノム解析厚労省の縦割り行政のため、大学の研究者は手が出せない状況が続いています。国立感染研を中心に大学を含むコンソーシアムを作らないと、次のパンデミックにも遅れをとることになると、研究者は心配しています。問題点を分かりやすい図にまとめしました。
  • インフルエンザの流行状況を調べました。アメリカでは、患者が増えているようですが、日本では患者はほとんど出ていません。みんなマスクをしているためでしょう。
  • そのほか、東大医科研の河岡研究室からの報告、オミクロンは 2021 年 8 月にアフリカの 10カ国で流行していたと言う研究をご紹介します。
     COVID はいつ収まるのでしょうか。アメリカの感染症対策のリーダーであった Fauci が大統領顧問と国立アレルギー感染症研究所所長を辞めるに当たってのインタービューです。
    It Ain't Over Till It's Over... but It's Never Over (終わるまで終わらない、しかし、決して終わらない)。
    逐語訳をお届けします。インタービュー録音も聴けます。なお、ここでいう“It”は Pandemic のことで、COVID ではありません。

次の 2 点は、おまけです。

  •  コロナと全く関係ないことですが、数年前に北極圏で撮った垂直の半月の写真をお届けします。なぜ垂直なのか、考えてもよく分からないので、アマチュア天文家の細井純一君に解説してもらいました。いわれてみれば簡単なことでした。
  •  108 年前、山極勝三郎と市川厚一(東大医学部)は、コールタールをウサギの耳に塗りつづけ、世界で初めて実験的にがんを作ることに成功しました。   

     その年、1915 年は奇しくもウサギ年でした。私の年賀状には、この写真を使いました。

目次と概要

A. 第 8 波は急速に増加しているが、BQ.1 ではない。
第 8 波は第 7 波とあまり変わりない速度で増えています。大勢を占める変異ウイルスは、前報で紹介した、BA.5.2 の派生株のスープです(60%)。心配されている BQ.1 系統は依然として 10%以下にとどまっています。

B. ウイルスゲノム解析が非常に重要になったのに、日本では・・・
Nature 誌の二つの論文がウイルスゲノム情報の重要性を指摘しています。JST のシンポジウムでも、次のパンデミックに備えるためにはウイルスゲノム解析が重要になるとの意見が相次いで出されました。しかし、厚労省は、縦割り行政により大学は直接手が出せません。現状をわかりやすい図にしました。国立感染研、大学のコンソーシアムを作ることが緊急に必要です。

C. 既存のモノクロナール抗体は BQ.1 と XBB に効かない
東大医科研の河岡グループは、モノクロナール抗体と治療薬の BQ.1 と XBB に対する効果を調べました。その結果、8 種類のモノクロナール抗体は、BQ.1 と XBB に無効でしたが、COVID 治療薬の Remdecivir, Molnupravir,Nirmatrelvir は有効と報告しています。

D. オミクロン株は、2021 年 8 月には、アフリカで出現していた
アフリカ 22 カ国の 13 万人の変異ウイルスゲノムを分析し、2021 年 8 月にはアフリカ内でオミクロン株が出現していたことを発見しました。それからさらにスパイクタンパクの変異を重ね、2022 年には世界を席巻するようになります。

E. COVID+インフルエンザ+RSV 感染の Tripledemic は日本では起こらないであろう
アメリカでは、COVID+インフルエンザ+RSV の Tripledemic と言うことですが、日本のインフルエンザ罹患状況を調べたところ、インフルエンザはほとんど流行していないことが分かりました。みんなマスクをしているためでしょう。

F. 「終わるまで終わらない。しかし、決して終わらない」
アメリカの大統領顧問、国立感染症、アレルギー研究所所長のァウチ博士は、第一線からステップダウンするに当たって、このタイトルで講演しました。ファウチの言葉だけに「やはりそうなんだ」と思ってしまいます。全文の DeepL 翻訳をお届けします。

G. 北極圏の半月はなぜ垂直か
数年前、真冬の北極圏に旅行に行ったときに撮った写真(垂直の半月)の謎解きです。

H. コロナ秀歌、秀句、川柳


情報提供協力者
細井純一(前資生堂研究所研究員) :Nature 誌論文検索 、北極圏の垂直の月
市川家国(前 Vanderbilt 大教授、在米):Tripledemic

COVID TK-File は、『山中伸弥による新型コロナウイルス情報発信(「山中伸弥コロナ」で検索)』に転載されております。その他、「21 世紀構想研究会」、「医学開成会」のホームページでも読めます。
COVID-19 TK-File の転送は自由です。

 

 


A.第 8 波は急速に増加しているが、BQ.1 ではないようだ

日本は、BA.5.2 派生株が 3 分の 2 を占める図 1 に見るように、第 8 波は第 7 波とあまり変わりない速度で増えている。しかし、ゲノム解析のデータを見ると、心配されている BQ.1 系統は依然として、10%以下にとどまっている。主流は、前報と同じく、BA.5.2 の派生 3 株の「スープ」である。

 

図 1
2020/5/1 か ら2022/12/19 までの日本の感染者数(人口 100 万人あたりの 7 日間移動平均)。第8 波の上昇カーブの傾斜は第 7波よりは緩いが、急上昇であることに変わりない。Our worldin data から。



重要なのは、その中身、すなわち、構成する変異株である。国立感染研のデータのデータから、ウイルスゲノムの解析データを見ると、前報(11/13)と同じように、BA.5.2 とその子(BA.5.2.1)、孫(BF.5)の 3 株が 60%を占めている(図 2)。ただ、一月前は、BA.5.2 系統が 75%を占めていたので減少傾向ではある。アメリカの主流である BQ.1 が5.6%、BF.7 が 4.8%と少しずつ勢力を伸ばしているのは、要注意である。

図 2
国立感染研 11/21-11/27 の週のゲノム解析結果。依然として、「スープの具」状態で、いくつの変異株が混じっている。この数字は、感染研と報告を基に黒木が計算した。この程度のことは本来感染研が国民に発表すべきだが、データそのものがアドバイザリーボードの膨大な報告(100 回アドバイザリーボード資料は Power Point と PDF 合わせて 582 ページ)のなかに隠れている。ひまと興味のある方は探してください。



アドバイザリーボードの資料のなかには、民間検査機関のゲノム検査データも含まれている。図 3 はその一つ。11/20 までの 9 週間のゲノム解析データが時系列で載っている。これを見ても、日本では、BA.5.2, BA.5.2.1, BF.5 が 9 週間にわたり優勢であることが分かる。

 

図 3
民間検査機関のウイルスゲノム解析結果。11/20 までの 9週間の時系列。
世界は BQ.1 が優勢になぜ、BQ.1 系統に注目しているのか。それは、アメリカを含めるいくつかの国で、BQ.1系統が他の変異株を抑えて増え始めたからである(図 4,5)。BQ.1 はオミクロン(B.1.1.529)から BA.5.3.1 を経て派生した亜株、オミクロンからつづけて書くとそのPANGO 分類は BA.1.1529.5.3.1.1.1.1.1 となる(1)。



(1)SARS-CoV-2 variants of concern and variants under investigation: technical briefing48 (publishing.service.gov.uk)


その BQ.1 が、アメリカを始め、世界各国で優勢になりつつある。まず、アメリカのデータを示そう(図 4)。一見して分かるように BQ.1 と BQ.1.1 が 10 月から 12 月かけてどどん増えてきている。12/10 現在、66%を占めている。
アメリカだけでなく、世界のいくつかの国で、BQ.1 が流行の中心になりつつある。図 5、は、Oxford の Our world in data のデータである。図 5 上に示すように、8/29 には日本、韓国、シンガポール、フランス、ドイツ、イギリス、アメリカのすべての国で BA.5 由来の変異株(紺色)が 79%かそれ以上を占めていた(日本は 98%)。
それが 12/10 になると(図 5 下)、フランス、イギリス、アメリカでは BQ.1 が 60%以上を占めるようになる。日本と韓国の BQ.1 は 6%前後であるが、今後増える可能性がある。

 

図 4
アメリカの変異ウイルス分布。12/10 現在 3 分の 2 はBQ.1 系統である。CDC



図 5
上:8/29 現在の日本、韓国、シンガポール、フランス、ドイツ、イギリス、アメリカの変異株の分布。BA.5 由来の変異株(紺色)が圧倒的に多かった。
下:12/5 現在の 7 カ国の変異ウイルス分布。上から 3 ヶ月の間に、フランス、イギリス、アメリカでは、BQ.1(緋色)への置き換わりが進み、60%以上が BQ.1になった。しかし、日本と韓国は 5-6%に過ぎない。Our world in data から。



BQ.1, BQ.1.1 は 40%以上増殖が速いUK Health Security Agency(1)によると、BA5.2 を 100%としたときの感染力は次のようになる(図 6)。BQ.1 系統が優位に立ったのであろう。
・ XBB:157% (インドに多い変異株、XBB は B 由来株間の組み換え株)
・ BQ.1.1: 140%
・ BQ.1: 130%
・ BF.7:120% (アメリカに多い株)

 

図 6 いくつかの変異ウイルスの増殖速度(1)。



しかし日本では、BQ.1 はこの 2 ヶ月あまり、5%前後である(図 3)。このことは、BA.5.2, BA.5.2.1, BF5 の 3株が、増殖スピードの点で、BQ.1 に負けないためかもしれない。
いずれにしても、油断せずに経過を見守る必要がある。

 

B. ウイルスゲノム解析が非常に重要になったのに、
日本では・・・

次のパンデミックに向けて非常に重要なテーマは病原体のゲノム分析である。
Nature 誌の二つのレポート
 COVID をきっかけにゲノム解析がアジア、アフリカを含めた世界のどこでも行われるようになった(2)。2020 年には 1000US$していたゲノム解析が 2021 年には20US$になったというのだ(日本は 10 万円)。


(2)COVID spurs boom in genome sequencing for infectious diseases (nature.com)


 イギリス政府の COVID アドバイザーである Aziz Sheikh は、Pandemic から学んだレッスン「Data-enabled responses to pandemics: policy lessons from COVID-19」(3)は、重要なこととして、次の 5 項目を挙げている。

Data requirement :分析の結果を迅速に政策決定に反映させる重要性。代表的なよい例は、Iceland, Israel, Qatar, Scotland, Taiwan である。
Data infrastructure:一人ひとりの健康状態、旅行、その他のデータにアクセスし、一カ所に集中して保管するような体制をとることが大事である。
Information governance:十分に注意を払った上で、様々な情報にアクセスできるようにする。台湾の制度はその一つの見本である。
Analytical capability:データ分析の訓練を受けたスタッフが必要。さらにわかりやすい図にまとめて、政策関係者に提供する。
Transparency: 分析は透明性のあるプロセスで行わなければならない。メタ分析、結果を論文として発表し、世界の共有することも重要。
International co-operation:もっともよい例は、Johns-Hopkins 大の COVID resourcecenter であろう。変異ウイルス情報、ワクチン副作用情報などは国際間で共有する。

結論:多方面からの質の高いデータにアクセスできるようにすることは Pandemic 対策の基本である。
(3)*policy lessons.pdf


厚労省の縦割り行政がゲノム分析を妨げている 11/29 に行われた JST CREST 採択課題「コロナ対策臨時特別プロジェクト(コロナ基盤)において、私は Keynote 講演の機会を与えられた。一日がかりのシンポジウムの最後の総合討論で、問題になったのは、ゲノム分析であった。現在のように、ウイルスゲノム分析が厚労省の縦割り行政によって、研究者へのフリーアクセスが制限されている現状では、自ら分析が出来ない。厚労省の許可を得ない研究者は、感染研が登録している GISAID からデータを入手するほかない。GISAID は WHO がバックにあるデータベース。データには誰でもアクセスできる。COVID TK-File(43)で紹介した日本の大学チームが同定した DOCK2 は GISAID からデータを得た。

ウイルスゲノムの解析については、私は以前から次のように主張していた。
・ 国立感染研と大学の間でコンソーシアムを作って、全日本が協力して解決すべきである。イギリスでは、Sanger 研究所と大学のコンソーシアムによって分析している。
・ 国立感染研は、ゲノム解析の司令塔として、大きな立場で、厚労省の枠に収まることなく、日本のゲノム分析をまとめてほしい。
・ 大学が持っている資材、マンパワー、分析ノウハウを利用すべきである。
・ ゲノム情報はコロナ対策の基礎資料である。この体制を整えることは次のパンデミック対策で最も重要である。

 おそらく、厚労省は個人情報のため公開できないというだろうが、ゲノム情報と個人情報の紐付けを外せば問題はない。現にそのようなデータを GISAID に送っているはずだ。
 現状とコンソーシアムを図 7 にまとめた。

 その翌日(11/30)、私がかつて所属していた WHO 国際がん研究機関(IARC)の日本参加 50 年記念の会で、Keynote の機会を与えられた。この時、最後の討論で、日本側のがん登録データが入ってこない、と言う質問が IARC からあった。

 

図 7
上:現状患者と変異ウイルスの情報には、厚労省関係の機関(国立感染研、地方衛研、保健所など)以外にはアクセスできない。
下:コンソーシアム国立感染研と大学などがコンソーシアムを作って、誰でもアクセスできるようにするべき。



C. 既存のモノクロナール抗体は BQ.1 と XBB に効かない

東大医科研の河岡教授のグループは、既存のモノクロナール抗体と治療薬の BQ.1 と XBBに対する効果を NEJM に発表した(4)。データは細部にわたるため、結論だけを記述する。
・ Sotrovimab を含む 8 種類のモノクロナール抗体は、BQ.1 と XBB に無効であった。
・ COVID 治療薬の Remdecivir, Molnupravir,Nirmatrelvir は、BQ.1 と XBB に対してもBA.2 と BA.5 と同じように効果があった。

(4)Efficacy of Antiviral Agents against Omicron Subvariants BQ.1.1 and XBB | NEJMD.

 

オミクロン株は、2021 年 8 月には、アフリカで出現していた

現在、世界を席巻しているオミクロン株は、2021 年 11 月にアフリカの南部で発見されたと言われていた。ドイツの研究所が中心になり、アフリカ 22 カ国の 13 万人の変異ウイルスゲノムを分析した結果が Science 誌に発表された(5)。
2021 年 11-12 月に、デルタ株はアフリカの南から北にかけて、BA.1 に代わっていった。
2021 年 8 月にはアフリカの数カ国でオミクロン株が出現していたことを発見した。
それからさらにスパイクタンパクの変異を重ね、2022 年には世界を席巻するようになった。
このデータは、オミクロンのような検出されていないうちに広く広がっている変異数に対しては、水際対策、旅行制限は意味のないことを示している。

(5)C. Fischer et al., Science 10.1126/science.add8737 (2022) science.add8737.pdf

E. COVID+インフルエンザ+RSV 感染の Tripledemic は日本では起こらないであろう

今、アメリカでは、COVID に加えて、インフルエンザと RSV 感染(呼吸器合胞体ウイルス、RNA ウイルスによる乳幼児感染症)の 3 種の呼吸器疾患が重なり、Tripledemic といわれている(6)。CNBC によると、・ インフルエンザ:26000 人が 11/27 の週に入院した。前の週に比べて 32%増(図8)。
・ COVID:入院者数は毎週 14%増加。1 日に平均 4,800 人が入院・ RSV:収まりつつある。
・ 病床:これらの流行により 80%のベッドは埋まっている。

 

図 8
アメリカのインフルエンザ。
2015-16 年期から 2022-23 期までの推移。横軸は週番号(1 が年初の週)。2022-23 期(赤)はこれまでよりも立ち上がりが早い。CDC は、今期は 6,200,000から 14,000,000 人の感染、2,900 人から 8,400 人の死亡を予想している(7)。



日本ではどうであろうか。

感染研の発表によると(図 9)、日本では、インフルエンザも RSV もごくわずかの報告しかない(8,9)。これは、日本では、みんながマスクをつけているためであろう。日本では、Tripledemic にならないし、インフルエンザの大流行もないであろう

図 9
日本のインフルエンザ報告数。2019-20 期には、ウイルス分離のピークがあったが、その後はほとんど分離されていない(8、9)。元図はフレーム内にも図が挿入されているが、紛らわしいので除去した。国立感染研




(6)https://www.cnbc.com/amp/2022/12/09/covid-and-flu-hospitalizations-increasing-rsvdeclining.html
(7) Pediatric Respiratory Disease & Healthcare Utilization Summary of Current SurveillanceData (cdc.gov)
(8) 513tf01.gif (2798×1080) (niid.go.jp)
(9) IASR 43(11), 2022【特集】インフルエンザ 2021/22 シーズン (niid.go.jp)

 

F. 「終わるまで終わらない。しかし、決して終わらない」

 


アメリカの感染症対策のリーダーであった Anthony Fauciが大統領顧問と国立アレルギー感染症研究所所長を辞めるに当たって、インタービューを受けた。その記事と録音が NEJM に掲載されているので、逐語訳(DeepL による)をご紹介しよう。そのタイトルは、It Ain't Over Till It's Over... but It's Never Over
(終わるまで終わらない、しかし、決して終わらない)であった。録音もある。
なお、ここでいう“It”は Pandemic のことで、COVID ではない(黒木註)。

::::::::::::::::::::::::::::::::::::
私は 54 年間医師科学者として、また 38 年間所長を務めた米国国立アレルギー感染症研究所(NIAID)の職を退くにあたり、少しばかり反省をしなければなりません。私のキャリアを振り返るとき、最も印象深いのは、感染症分野の著しい進化と、学術界と一般市民の双方による感染症分野の重要性と関連性の認識の変化です。
私は 1968 年に内科の研修を終え、NIAID で感染症と臨床免疫学の 3 年間の複合型フェローシップに参加することにしました。若い医師であった私の知らないところで、1960 年代のある学者や識者は、多くの小児疾患に対して非常に有効なワクチンが出現し、抗生物質が充実してきたため、感染症の脅威、ひいては感染症専門医の必要性は急速に失われつつある、と考えていたのです(1)。もちろん、当時はマラリア結核をはじめとする中低所得国の病気が年間何百万人もの命を奪っていました。このような本質的な矛盾に気づかないまま、私は宿主防御と感染症に関する臨床と研究を楽しく続けていました。
フェローシップを卒業して数年経った頃、感染症学の権威である Robert Petersdorf 博士が、内科学のサブスペシャリティとしての感染症は忘却の彼方にあると示唆する挑発的な論文をジャーナルに発表したとき、私はいささか驚きました(2)。The Doctors'
Dilemma(医師たちのジレンマ)」と題したこの論文で、彼は内科のサブスペシャリティの研修に参加する若い医師の数について、「感染症に個人的に大きな忠誠心を抱いていても、彼らが互いに培養することに時間を費やさなければ、感染症の専門家があと 309 人必要だとは考えられない」と書いています。
もちろん、私たちは皆、ダイナミックな分野の一員になることを望んでいます。私が選んだ分野は、今、静的なものだったのでしょうか。Petersdorf は、後に私の友人となり、ハリソンの『内科学教科書』を共同編集することになるのですが、感染症のダイナミックな性質、特に新しく出現する感染症や再出現する感染症の可能性について十分理解していないという共通の見解を述べています。1960 年代から 1970 年代にかけては、1918 年のインフルエンザ・パンデミックや 1957 年、1968 年のインフルエンザ・パンデミックという前例があり、ほとんどの医師がパンデミックの可能性を意識していました。しかし、社会に大きな影響を与えるような真に新しい感染症が発生することは、まだ仮説に過ぎなかったのです。
それが 1981 年夏、後にエイズと呼ばれるようになる最初の感染者が確認されたことで、すべてが変りました。この病気の世界的な影響は驚異的で、パンデミックの始まり以来、8400 万人以上がエイズの原因となるウイルスである HIV に感染し、そのうち 4000 万人が死亡しています。2021 年だけでも 65 万人がエイズ関連で死亡し、150 万人が新たに感染しています。現在、3800 万人以上の人々が HIV とともに生きています。
安全で効果的な HIV ワクチンはまだ開発されていませんが、科学の進歩により、効果の高い抗レトロウイルス薬が開発され、HIV 感染はほとんど致命的な病気から、ほぼ通常の寿命に関連した管理可能な慢性疾患へと変化しました。しかし、このような救命治療薬の入手が世界的に公平でないため、HIV/AIDS は発症から 41 年経った現在も、罹患率と死亡率において恐ろしい犠牲を払い続けています。
HIV/AIDS の出現に明るい兆しがあるとすれば、この病気によって医学界に入る若者の間で感染症への関心が急激に高まったことでしょう。HIV/AIDS の出現で、Petersdorf 博士が懸念していた 309 人の感染症研修生が切実に必要とされたのです。論文発表後、Petersdorf 博士は、新興感染症がもたらす影響を十分に理解していなかったことをあっさり認め、若い医師が感染症、特に HIV/AIDS の診療・研究に従事することを奨励するようになったのは、彼の功績といえるでしょう。
もちろん、新興感染症の脅威と現実は、HIV/AIDS にとどまりません。私が NIAID 所長として在任中、地域的・世界的に様々な影響を及ぼす数多くの感染症の出現や再出現に直面しました(図を参照)。その中には、H5N1 および H7N9 インフルエンザによる初のヒト感染例、H1N1 インフルエンザによる 21 世紀最初のパンデミック(2009 年)、アフリカでのエボラの複数の発生、アメリカ大陸でのジカ熱、新型コロナウイルスによる重症急性呼吸器症候群SARS)、中東呼吸器症候群(MERS)が含まれています。そしてもちろん、Covid-19 は、新興感染症の発生に対する私たちの脆弱性について、この 100 年以上の間に最も大きな警鐘を鳴らしたのです。


図 Fauci が国立アレルギー感染症研究所の 40 年間の特筆すべき感染症
DRC :Democratic Republic of Congo, and XDR extensively drug-resistant.
縦軸が何を意味するかは記載がない。致死率ではない。(黒木註)



Covid-19 が世界に与えた被害はまさに歴史的であり、この規模の大流行に対する公衆衛生の備えが世界的に不十分であることを浮き彫りにしています。しかし、Covid-19 への対応で非常に成功した要素の 1 つは、基礎および応用研究への長年の投資によって可能となった、mRNA(特に)など適応性の高いワクチン・プラットフォームの迅速な開発と、ワクチン免疫原の設計に構造生物学のツールを使用したことです。安全で効果の高い Covid19 ワクチンが前例のない速さで開発され、有効性が証明され、配布された結果、何百万人もの命が救われました(3)。特に、ウイルスゲノムの迅速かつハイスループットな配列決定、迅速かつ特異性の高いマルチプレックス診断法の開発、構造ベースの免疫原デザインと新規ワクチンプラットフォームの利用など、新興感染症に対応するためのツールは、感染症の分野でも同じことが言えるでしょう(4)。
感染症、ひいては感染症学という学問のダイナミックな性質に疑いを持つ人がいたとすれば、エイズが認識されてからの 40 年間の経験は、そうした懐疑的な見方を完全に払拭するものであったはずです。今日、新興感染症の脅威が減少すると考える理由はない。なぜなら、その根本的な原因は存在し、ほとんどの場合、増加しているからです。新しい感染症の出現と古い感染症の再出現は、主に人間との相互作用と自然への侵食の結果です。相互の結びつきが強まった世界で人間社会が拡大し、人間と動物の境界線が乱されると、しばしば気候変動に助けられながら、不安定な感染因子が出現し、種を飛び越え、場合によっては適応して人間の間で拡散する機会が生まれます(5)。
感染症分野の進化について私が考察した結果、避けられない結論は、何年も前の識者が間違っていたこと、そしてこの学問は決して静的なものではなく、真に動的なものであることです。マラリア結核といった既存の感染症に対処する能力を向上させ続ける必要があることは明らかですが、新興感染症がまさに永遠の課題であることは、今や明らかなのです。私の好きな評論家の一人である Yogi Berra は、かつて "It ain't over till it's over "と言いました。新興感染症に関しては、決して終わりはないのです。感染症の専門家として、私たちは常に準備を整え、永遠の課題に対応できるようにしなければならないのです。


(1) Cockburn TA. The evolution and eradication of infectious
diseases. Baltimore: Johns Hopkins University Press, 1963.
(2) Petersdorf RG. The doctors’ dilemma. N Engl J Med 1978;299:628-634.
(3) Fauci AS. The story behind COVID-19 vaccines. Science 2021;372:109-109.
(4) Marston HD, Folkers GK, Morens DM, Fauci AS. Emerging viral diseases:
confronting threats with new technologies. Sci Transl Med 2014;6(253):253ps10-253ps10.
(5) Morens DM, Fauci AS. Emerging pandemic diseases: how we got to COVID-19.Cell 2020;182:1077-1092.


G.北極圏の半月はなぜ垂直に見えるのか
                                                                                 細井純一

黒木先生から、ノルウェーの北極圏、Lofoten 諸島ツアー旅行の際、1 日中太陽の出ない極夜(12 月末)に撮った垂直の半月について、なぜ垂直なのかを解説するように頼まれましたので、以下、その理由を簡単に記します。

図 1
Lofoten 諸島。ノルウェーの北緯 68.3 度にある島群。北極圏(北緯 66.33 以上をいう)。冬は零下 20 度、雪に覆われ、ぼんやりと明るくなるのは 11 時から 14 時くらいまで(極夜)。幻想的な青色が魅力的です。私は夏に 2 回、冬に 1 回観光で訪れている。



図 2
ノルウェーの LofotenIslands(北緯 68.3 度)の垂直の半月。2017 年 12 月27 日の昼間 14:27(現地時間)撮影。走行中のバスの中から撮ったためぶれている。



① 半月が見えるのは、太陽に向かって、月が地球の左右にあるときです。地球に自分が垂直に立っている姿を想像してください。半月は午後に東から上がり、夜に西に沈みます。
② 日本では、午後早い時間には、人は東を向いて斜めに立っているので半月も欠けた部分を下にして斜めに見えます。日没時には南に真正面に見るので、垂直に見えます。夜になると、逆に欠けた部分を上にした月(上弦の月)が斜めに見えます。つまり、日本でも垂直の半月は夕刻には見られるはずですが、まだ空は明るいので、気がつかないだけです。
③ 高緯度地方では、人は自転軸近くの地球に垂直に近い角度で立つので、時間によっても月を見る角度はあまり変わりません。このため、半月はあまり傾きを変えずに朝昼晩ともに垂直に近い状態で見えます。北極圏の冬は終日太陽が出ませんので、
いつでも垂直の半月を見ることになります。

図3
地球上どこから見ても垂直の半月は見えているはずですが、低緯度では、夕刻の短時間のみで気がつかないだけです。北極圏では、自転軸近くに人は立っているので、半月の傾きは小さく、しかも極夜の時は一日中垂直に見えることになります。



H.コロナ秀歌、コロナ秀句、コロナ川柳

 

 (略)

 

 

 

 

コロナ禍の中で黒木登志夫さんが発信してきたこと

www.covid19-yamanaka.com

黒木登志夫先生は私が尊敬する癌研究者であり、サイエンスライターでもあります。岐阜大の学長も務められました。新型コロナウイルスに関する情報を、様々な角度から解説されています。


2022年12月23日 ゲノム解析の重要性 など
2022年11月13日 変異のスープ など 
2022年9月19日 第8波は来るか? など
2022年8月26日 総数把握の必要性
2022年7月15日 日本版CDC、後遺症 など
2022年6月16日 2回目ブースターの効果 など
2022年5月19日 オミクロン最新情報
2022年4月30日 BA2.12.1株 など
2022年4月1日 オミクロンの正体 など
2022年2月10日 医療ひっ迫の原因
2021年12月25日 オミクロン株:終わりの始まりか? 等
2021年11月22日 なぜ第5は急速に収束したか 他
2021年10月21日 第5波の収束、等
2021年9月12日 ワクチン 続報
2021年8月26日 ワクチン開発物語
2021年8月6日 CDC内部文書
2021年7月13日 デルタ変異型ウイルス 等
2021年6月15日 デルタ型変異、ウイルスの起源、後遺症 等
2021年5月20日 インド型変異、ワクチン接種 等
2021年4月13日 4月11日までの感染状況、アストラゼネガ製ワクチンと血栓 等
2020年3月12日 変異型ウイルス、イスラエルのワクチン状況 等
2021年2月19日 ワクチン、変異型ウイルス 等
2021年1月20日 変異型ウイルス、ワクチン情報 等
12月27日 イギリス発の変異型ウイルス
12月18日 Stay with your community 等
12月6日 ワクチン、遺伝子変異、PCR 等
11月7日 最新の感染状況 等
10月3日 低下傾向にある致死率 等
6月30日 東京の現状、BCGの解析 等
6月18日 実効再生産数、グーグルの行動解析 他
6月11日 世界の状況(宇川先生の解析)他
6月2日 再生産数(R)の計算 他
5月27日 日本の不思議、千葉大の努力、他
5月21日 院内感染対策のための各病院の努力
5月13日 日本の対策の評価
5月6日 緊急事態宣言の効果
   5月2日  基本の「キ」ウイルスとは
4月24日 死亡者数はもっと多いかも 
4月21日 対コロナ体制を考える 
4月17日 Imperial College of Londonの報告 
4月10日 BCG接種はコロナ予防にはできない 
4月5日 感染爆発近し
4月2日 BCG: イランvsイラク 西ドイツvs東ドイツ
3月30日 東京都の感染者数
3月28日 対数計算で考える