社会と個人 どう向きあうの

林住期 どのように暮らすのか。日々、自問自答する。

(487) 台湾有事について(3)

 

 

 

 

 

 


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CHATGptと対話をしながら 歴史を学びまとめた。

 

 

台湾の歴史理解に立脚した「ひとつの中国」原則と日中友好への道筋


❶ 歴史理解が不要な緊張をほぐす理由

・台湾有事をめぐる緊張は、「歴史の複層性」を単純化して理解するところに生じやすい。台湾は原住民文化、清帝国統治、日本統治、戦後の国民党政権、民主化という多層の歴史をもつ島である。

・中国もまた、清末の列強による侵略、内戦、革命、改革開放という激動を経て現在に至る。

・双方の「長い記憶」にこそ、今日の政治心理が潜んでいる。その記憶を理解することは、無用の敵意を避け、冷静な対話を可能にする。

・歴史を踏まえれば、「台湾有事」がただちに日本の介入を要する事態だと短絡せず、日中双方がどの領域で歩み寄れるかを冷静に見極められるようになる。

 

➋ 台湾の歴史と「ひとつの中国」理解の関係

・台湾は数千年にわたってオーストロネシア系原住民族の島であり、最初から中国の一部であったわけではない。

・清が台湾を版図に組み込んだのは1683年からであり、約三世紀に満たない。

・日本統治は1895年から1945年の50年間であり、インフラ整備と同時に強い抑圧も存在した。

・戦後は中華民国政府が台湾に移り、戒厳令を経て民主化した。台湾の「現在の姿」はこの民主化の成果である。

・したがって、台湾は「中国の一部」と「独自の島の歴史」が重ね合わさった複雑な実態を持つ。

・この複層性を理解したうえで「ひとつの中国」原則を見ることで、政治的立場と歴史的事実を混同しなくなる。

 

❸ 国際社会における「ひとつの中国」原則の現状

・国連は1971年の決議2758により、中国の代表権を中華人民共和国に与えた。

・多くの国は外交上、中国を唯一の合法政府として扱うが、台湾との実務的関係は維持している。

・つまり国際社会は、「名目上は一つ、中国、現実には二つの統治」という分裂した構造を抱えたまま均衡を保っている。

・日本も同様に、「ひとつの中国」を承認しつつ、台湾との経済・文化交流を拡大する二重構造を採用している。

 

➍ 日中が歴史理解にもとづき友好へ進むための視座

・日本は台湾統治の歴史を冷静に振り返り、功罪の双方を学ぶことが必要である。近代化政策の成果を誇るのみでは、台湾側の記憶と乖離が生じる。

・中国は清末に列強から主権を侵食され、多くの領土・権利を奪われた歴史を共有している。この屈辱の経験は、現在の「統一」と「領土保全」への強い執着の背景となる。

・日本も幕末に列強の圧力を受け、黒船来航後の開国・改革を余儀なくされた。「外圧への恐怖」と「自立のための改革」を経験した点で、中日には共通性がある。

・清と日本の違いは、改革の速度と規模である。清は広大な多民族帝国であり、統一の維持が改革の足かせとなった。日本は小国であり、制度変革を迅速に行えた。

・この「共通点」と「違い」を理解することにより、中国の現在の政治心理を過度に軍事的意図と結びつけて解釈する必要がなくなる。

 

❺ 近代史理解がもたらす建設的姿勢

・台湾問題を日中対立の軸としてのみ捉えると、歴史の奥行きが切り捨てられ、感情的・短絡的な議論が生じる。

・台湾の住民が複層の歴史を生きてきたように、中国の国家意識も列強侵略と統一への不安が刻まれている。

・この複数の歴史を重ねて理解することが、「台湾有事か否か」という単純化から日本を解放する。

・かつて列強の圧力に苦しんだアジア諸国として、日本と中国は「外部からの対立」を煽らない安定の枠組みを選びうる。

・日本がとるべき姿勢は、「ひとつの中国」を尊重しつつ、台湾の人々の尊厳と生活の現実を丁寧に扱うバランスである。

 

❻ 結語

・台湾の歴史は単純ではなく、中国の歴史もまた単純ではない。

・だからこそ歴史の厚みに学ぶことは、政治の単純化よりも平和に近い道である。

・台湾・中国・日本は、19世紀以降の列強との対峙を異なる形で経験したが、「外から押しつけられた秩序への抵抗」という共通の記憶を持つ。

・その記憶を未来に向けた協力へと転換することが、日中友好を強める現実的な選択肢である。

 

 

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  オーストロネシア系原住民族とは

 

オーストロネシア系原住民族という言葉は、少し魔法めいた広がりを持つ。台湾から始まって、インドネシア、フィリピン、はるかポリネシアの海まで人びとを結ぶ「海の民」の巨大な家系図のことを指している。

 

・オーストロネシアとは何か

世界の言語は大きな家族に分類できる。英語はゲルマン語派、日本語は孤立語系と呼ばれたりする。

そのなかで最大級の広がりを持つのが「オーストロネシア語族」である。

台湾の原住民の多くが話す言語が、まさにこの語族の一角だ。

 

オーストロネシア語族の広がり

この語族は、信じ難いほど広大な海域に散らばっている。

フィリピン、マレーシア、インドネシアミクロネシアメラネシア、ハワイ、タヒチニュージーランド

地球の半分くらいを“島と海”で塗りつぶす巨大ネットワークである。

そして、その最北端に位置するのが台湾だ。

 

・台湾が出発点とされる理由

言語学と考古学の研究では、台湾に残っている原住民の言語が最も多様で古い特徴を持つため、「オーストロネシア拡散の源流」と考えられている。

約4000〜5000年前、この台湾から海の民たちがカヌーで南へ進み、次々に島々をつないでいったというのが現在の学説だ。

 

・台湾原住民の具体例

アミ族

パイワン族

タイヤル族

ルカイ族

ブヌン族

など十数の民族が存在する。

それぞれに独自の祭祀、刺繍文様、住居構造があり、山岳と海岸の地形のなかで独特の文化を育ててきた。

 

・歴史的な位置づけ

台湾を理解するうえで大切なのは、「台湾は最初から中国文化圏ではなかった」という点だ。

まず海の民がいた。そこへ中国大陸の人びと、日本の統治、戦後の政治が重なっていった。

つまり台湾の歴史は“重層構造”で、単純な「どちらの国」という色分けでは捉えられない。

 

 

  台湾の人びとの「誇り」とするもの


❶ 原住民の誇り:海の民としての深い記憶

オーストロネシア語族の源流として、台湾は“太平洋文明の出発点”という誇りを持つ。
アミ族パイワン族タイヤル族などは、独自の刺繍文様、歌、祭祀、山の文化を守ってきた。
・近年は、原住民語の復興運動が盛んで、台湾社会全体が「原住民は台湾の根」と認識し始めている。
・音楽界ではアミ族出身のアーメイ(張惠妹)の活躍が象徴的で、原住民文化を広めた存在として尊敬されている。

 

 

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➋ 清・移民期の誇り:自力で島を開いた“拓きの歴史”


・17〜19世紀、福建・広東からの移民が山と湿原を開き、田畑をつくり、街を築いた。
・厳しい自然と先住民との対立をくぐり抜けた開拓者精神は、台湾人の大きな誇りである。
・廟文化(媽祖信仰など)が根強いのも、移民社会の共同体意識の名残である。

 

❸ 日本統治期の誇り:近代化と、植民地支配への抵抗の両面


誇りの感情は二重構造をもつ。

・近代化の遺産
鉄道、ダム、上下水道、教育制度など、日本統治が残した近代化の基盤は現在も利用されている。
そのため「日本の技術に学んだ」という肯定的な感情が一部にある。

・同時に、抵抗の歴史
霧社事件のモーナ・ルダオは台湾の“近代的英雄”であり、学校でも語られる。
日本統治期の抑圧に対して命を賭けた抵抗は、台湾のアイデンティティの核にある。

➍ 戦後の「白色テロ」を乗り越えた誇り:民主化の達成


・1947年の二二八事件、長期の戒厳令白色テロ)を経験した台湾は、アジアで最も劇的な民主化を成し遂げた地域の一つである。
李登輝民主化の道を開いた政治家として「民主の父」と呼ばれ、台湾人の誇りになっている。
・平和的な政権交代を何度も成功させたことも、国際社会から高く評価される。

現代の誇り:自由・人権・市民社会の成熟
・台湾はLGBTQ+の権利保障でアジアの先頭を走り、同性婚をいち早く実現した。
市民社会の活発さは国際的にも異彩を放ち、太陽花運動の若者たちは「台湾民主の守護者」として記憶されている。
半導体産業(TSMC)は“台湾の防波堤”とも言われ、技術力そのものが国家の自信になっている。

  

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