来年は、終戦80年。
朝日新聞で、足掛け2年の企画「百年 未来への歴史」の連載が始まった。
連載を読み始めて、気づかされることが多い。
(百年 未来への歴史)序章・瀬戸際の時代 持たざる国、逆戻りの日本:朝日新聞デジタル
(百年 未来への歴史)序章・瀬戸際の時代 軍事偏重、いびつなDIME:朝日新聞デジタル
(百年 未来への歴史)序章・瀬戸際の時代 外交と世論、危うい関係:朝日新聞デジタル
(百年 未来への歴史)序章・瀬戸際の時代 世論とメディアは「共犯」か:朝日新聞デジタル
私の力、私たちの力を冷静に把握する。
GDPの推移をみて日本の立ち位置を冷静に考えることが必要だ。
(GDP 第2次世界大戦が生んだ発明品の一つとのこと)
・日本のGDPの世界に占める割合
1920年 3.4%
1990年 8.6% 「ジャパン・アズ・ナンバーワン」
2022年 3.7% 世界5位
・2023年10月 国・地域別の世界GDP(国内総生産)ランキング(IMF)
1 アメリカ 2 中国 3 ドイツ 4 日本 5 インド
6 イギリス 7 フランス 8 イタリア 9 ブラジル
10 カナダ 11 ロシア 12 メキシコ 13 韓国
14 オーストラリア 15 スペイン
・予測
2050年 世界6位
2075年 世界12位
「百年 未来への歴史」から拝借
・「DIME+T」 国の力
「外交(Diplomacy)」
「情報(Information)」
「軍事(Military)」
「経済(Economy)」
「技術(Technology)」
・日本の総合的な力の見極め、底上げの視点が必要だ。
戦前にも、その取り組みがあった。
でも、戦争は遂行された。どうしてか、なぜか。
「戦争経済研究班」(秋丸機関) 1939年9月設置
日米開戦半年前の1941年7月に「経済戦力の比は20対1程度と判断するが、開戦後2年間は貯備戦力によって抗戦可能、それ以後は我が経済戦力は下降をたどり、持久戦には耐えがたい」との報告書
近衛内閣の「総力戦研究所」 1940年9月に設置 対米戦争は「必敗」との報告
戦前と現在の比較
国民負担率も国の借金も戦前を超えている。
・国民負担
戦前 税率負担率 13.8% (1934年から1936年)
現在 38.7%
社会保険料を含めると国民負担率は45.1%
財務省のホームページから
・国の借金 CDP比で2.3倍 (敗戦前でもほぼ2倍だった)
日本の借金状態は断トツ。
社会実情データ図鑑から 図録▽政府債務残高の推移の国際比較
外交と世論、危うい関係だ。
中国に対する好感度は、悪化の一途だ。
中国に対する好感度の変化は恐ろしいと思う。
地理的にはもちろん、文化的にも近い。漢字圏というのも一緒。
対話をしてきたのであろうか。
「百年 未来への歴史」から拝借
2023年に実施した「外交に関する世論調査」では、中国に「親しみを感じない」は86.7%で、調査方法は異なるが1978年の3倍強に膨らんだという。
戦前の外交姿勢
・幣原喜重郎の協調外交(1920年代) 「軟弱外交」と非難された
・松岡洋右全権代表 国際連盟脱退 1932年
連盟脱退に市民が熱狂したという
「百年 未来への歴史」から拝借
・林芙美子 『軍国主義を太鼓と笛で囃し立てた政府お抱え小説家』……
林芙美子について、井上ひさしによる林芙美子の評伝劇『太鼓たたいて笛ふいて』では次のように表現されている。
劇中、エピローグの場面で男声のアナウンスが流れるが、生前の芙美子を評して次のようなセリフを語らせている。
(男子アナ)「それにしても、林さんほどたくさんの批判を浴びつづけた小説家は珍しいでしょう。文壇に登場したころは『貧乏を売り物にする素人小説家』、その次は『たった半年間のパリ滞在を売り物にする成り上がり小説家』、そして、日中戦争から太平洋戦争にかけては『軍国主義を太鼓と笛で囃し立てた政府お抱え小説家』など、いつも批判の的になってきました。しかし、戦後の6年間はちがいました。それは、戦さに打ちのめされた、わたしたち普通の日本人の悲しみを、ただひたすらに書きつづけた6年間でした。弱った心臓をいたわりながら徹夜の連続…その猛烈をきわめた仕事ぶりは、ある評論家に『あれは一種の緩慢な自殺ではなかったか』と云わせたほどでした。」
(Wikipedia から)
「百年 未来への歴史」から拝借
・第1次世界大戦後のパリ講和会議
ナショナリズムに支えられた世論を無視できず、各国の代表は敗戦国ドイツに過大な賠償金を科そうとした
・ジャーナリストのリップマン ウィルソンアメリカ大統領 (1913年から1921年) のもとで働いた。民主主義が目指すのは自国内の繁栄であり、国境の外の「揉(も)め事の排除」だと考えた。
そしてこう記した。
「外交政策にみる民主政治は一般に、栄光ある孤立か、民主主義の理想を侵犯するような外交かの二者択一を余儀なくされてきた」
・ナチス・ドイツの最高幹部ゲーリング
敗戦後、「もちろん、人々は戦争を望まない」と前置きしつつ、それでも国の指導者が人々を無理やり引っ張っていくのはたやすいことで、それは民主政の国だろうと独裁の国だろうと変わらないと言った。「人々には『あなたたちはまさに攻撃されている』と語りかけ、平和主義者に対しては『愛国心に欠けていて、国を危険にさらしている』と非難しさえすればよい」と。
・国民感情の高まりは戦争を止めることもあれば、逆に国を追い詰めて外交の選択肢を狭めることもある。内政と外交上の利益は必ずしも一致しない。政治指導者が自らの存在感を示すため、他国への嫌悪に沸く世論に同調し、時にあおることも古今東西珍しくない。
・「アテンション・エコノミー」
情報の質より関心を集めることを重視、大衆迎合。
戦前も「30年代の新聞は戦争ビジネス。好戦的な大衆が読みたいであろう記事を出していた」(佐藤卓己・上智大教授(メディア史))
今は、もっと、SNS上でも、刺激的な情報が閲覧されやすく、極論が広がりやすい。戦前の比ではない規模で、世論の「こだま」が起き、好戦的な空気が広がる危険性がある。
度重なるSNSの炎上騒ぎに怖さを感じてしまう。
12月4日から「戦争プロパガンダ展」を開催します!|インフォメーション|新着情報|おもちゃ映画ミュージアム から拝借