社会と個人 どう向きあうの

林住期 どのように暮らすのか。日々、自問自答する。

(459) 民衆反乱の系譜と現代

 

 

 

 

 

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ChatGPTと対話して、日本の民衆反乱から 時系列に整理した。
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日本における民衆反乱とコミューン精神の系譜

 

 江戸時代以前の民衆反乱

 

荘園・公領の百姓蜂起(鎌倉・室町期)

・年貢過重や領主の搾取に抗議して農民が団結。

  代表例:正長元年の土一揆(1428年)、嘉吉の徳政一揆(1441年)。

・徳政令を要求し、借金の帳消しを掲げる。

・領主や幕府の弾圧により短命であったが、自治と救済を求める精神を示した。

 

加賀一向一揆(15世紀後半〜16世紀)



浄土真宗門徒が「法の下の平等」を掲げ、守護大名を追放。

・約100年間、加賀国は「百姓の持ちたる国」と呼ばれる自治支配が成立。

  意義:宗教共同体を基盤に、封建支配を打ち破った最長期の自治的政権。

  限界:武力闘争に依存し、織田信長らの大軍により滅亡。

 

 

 江戸時代の民衆反乱

 

  1. 江戸時代の百姓一揆・打ちこわし

特徴

・年貢増徴や飢饉に抗議して農民が集団で蜂起。

・町人による「打ちこわし」(米屋・豪商を襲撃し物資を分配)が発生。

規模

・江戸時代を通じて3000件以上(17世紀~19世紀)。

弾圧形態

・首謀者を逮捕・処刑、農村への厳罰、時に藩による懐柔。

成果

・一部で年貢軽減や救済策が実現。

・しかし根本的な社会変革には至らず。

必要であったもの

・藩を超えた広域的連携、理念的統一。

・一過性の暴発ではなく、長期的組織化。

 

  1. 天明の打ちこわし(1787年、江戸)

時期・背景

天明の大飢饉により米価高騰、江戸の町民が蜂起。

規模

・数万人規模、米屋・酒屋・豪商を襲撃。

弾圧

・幕府が武力鎮圧、指導者処刑。

成果

・一時的に米価下落、商人の強欲を抑制する効果。

必要なもの

・食糧流通の抜本的改革、統一した指導組織。

 

  1. 大塩平八郎の乱(1837年、大坂)

時期・背景

・元幕臣大塩平八郎が、飢饉と豪商・役人の腐敗に抗議して蜂起。

規模

・数百人規模だが都市型反乱として象徴的。

弾圧

幕府軍により鎮圧、大塩は自刃。参加者は処刑・投獄。

成果

・幕府の腐敗を世に知らしめ、後の尊王攘夷運動に思想的影響。

必要なもの

・準備不足(挙兵が急)、農村との連携欠如。

・広範な支持を得る宣伝活動が必要であった。

 

  1. 天保の打ちこわし(1837年以降)

背景

・大塩の乱後、各地で飢饉による暴動が頻発。

特徴

米蔵を襲い、貧民へ分配する「分け前」の思想。

成果・限界

・民衆救済の実効性はあったが、一過性に終わる。

 

必要なもの

・都市と農村を結ぶネットワーク、思想的結束。

 

  1. 世直し一揆(1866年・慶応二年)


時期・背景

・幕末動乱期、物価高騰・社会不安を背景に全国規模で蜂起。

規模

・30府県、300件以上。参加者数十万人規模とも。

特徴

・「ええじゃないか」運動と重なり、秩序転覆的性格。

弾圧

・藩兵による武力鎮圧。

成果

幕藩体制の弱体化を加速、明治維新前夜の民衆エネルギーとなる。

 

必要なもの

・全国的統一運動へ発展させる政治指導、革命的組織化。

 

 

 明治時代(1868〜1912年)

 

自由民権運動(1870年代〜1880年代)

板垣退助らが憲法制定・議会開設を要求。

・農民・町民も参加し全国的運動に発展。

  成果:国会開設(1890年)につながる。

  限界:指導層が体制に取り込まれ、農村では弾圧強し。

秩父事件1884年


・松方デフレに苦しむ農民が「困民党」を組織し蜂起。

・参加者1万人規模、政府軍が鎮圧。

  成果:農民の権利意識を全国に示す。

  限界:武力依存のため短期で潰滅、全国連携に至らず。

 

 

 大正時代(1912〜1926年)

 

米騒動(1918年)


米騒動により焼き討ちにあった神戸の鈴木商店


・米価高騰に抗議し、富山の漁民女性を端緒に全国300万人が参加。

・軍・警察の鎮圧、数千人検挙。

  成果:寺内内閣が総辞職、政権交代の引き金。

  限界:継続的運動に発展せず、一過性の暴動。


亀戸事件(かめいどじけん)
1923年9月3日、関東大震災直後の混乱の中、亀戸署内あるいはその近辺で警察及び軍の手により発生した虐殺事件。

東京の亀戸・大島町(南葛)の工場地帯で活 動していた労働運動家など10名が、1923年 9月3日から5日にかけて、亀戸警察署内 で陸軍習志野騎兵一三連隊の兵士らによっ て刺殺された。

労働争議・小作争議(1920年代)

労働組合・農民組合が拡大、数千件発生。

  成果:労働運動の組織化、日本共産党結成(1922年)。

  限界:治安維持法により徹底弾圧。

 

 

 昭和時代(1926〜1989年)

 

戦前の弾圧

治安維持法(1925年〜)により社会主義者労働運動家が大量逮捕。

・民衆運動は壊滅的打撃を受ける。


プロレタリア作家・小林多喜二は、1933年、警察に逮捕され拷問の末に虐殺された。


ウイキペディアから

(略)

知人の語る小林の死体の状況

「前歯は折れてる、首には細引きの跡、左のコメカミにはね、何でなぐったか十円硬貨ぐらいの傷あとがある。それから裸にしたところがね、身体中傷だらけで、オマケに腹の下から腿全体が紫色にふくれあがって、それがね、ふつうの人間の倍くらいあるんですよ。よく見ると、その両腿もには、釘か錐を打ちこんだような穴の跡が十五、六もあって、そこは皮が破けて青黒い肉がむきだしているんですよ。それで立会いの安田徳太郎博士が『これでは腸も膀胱も破けてますよ。腹の中は出血でいっぱいでしょう』と言ったんです。で、睾丸も、陰茎もね、普通の人の三倍くらい脹れあがって、やっぱり内出血で紫色になってるんです。指もね、人差し指が逆にヘシ折られてね、指の背中が手の甲へつくんですよ。」(他にも、作家の手塚英孝が『小林多喜二』に多くの築地署留置場での目撃者や遺体を見た者らの証言を詳細に記録、作家の手塚英孝が『小林多喜二』に遺体の凄惨さを描写詳細に記録している。)

周りの者が着物を着せてから、母・セキが出てきた。セキは多喜二の遺体を抱きしめて、「息子は心臓がよかった、心臓マヒで死んだなんてウソだ」「それ、もう一度立たねか、みんなのためもう一度立たねか」と叫んだ。

(略)

 

 

戦後労働運動(1946〜47年)

・インフレと生活困窮を背景にゼネスト計画。

  成果:労働三権の法制化。

  限界:GHQゼネスト中止命令、運動制限。

 

安保闘争(1960年)



日米安保条約改定に反対する国民運動。

・数百万人が参加、学生・労働者・市民が結集。

  成果:岸信介首相退陣、戦後最大の抗議運動。

  限界:安保条約自体は成立。

 

成田空港(三里塚空港)反対闘争(1966〜)


1998年3月26日 三里塚空港包囲行動。管制塔がこの日占拠された。
そして、開港が5月まで延期された。

 

・農民・学生・市民が土地収奪に抵抗。

・長期化し昭和後期〜平成まで続く。

 

 

 平成時代(1989〜2019年)

 

環境・平和運動の拡大

・公害反対、平和憲法擁護運動が活発化。

原発運動(1990年代以降)

バブル崩壊後、原発事故への懸念から地域運動が広がる。

 

 

 令和時代(2019年〜)

 

東日本大震災後の反原発運動(2011年〜現在)

・国会前デモに数十万人。戦後最大級の民衆抗議。

・一時的な原発停止を実現。だがエネルギー政策転換には至らず。

 

現代の市民運動

ブラック企業反対、最低賃金引き上げ要求、気候変動対策デモ。

・コロナ禍での生活困窮者支援ネットワーク。

・規模は小さいが「自治と連帯」の精神を現代的に継承。

 

 

総合評価

 

* 日本の民衆反乱は、生活防衛自治・連帯を原動力とする点で「コミューンの精神」を体現してきた。

* しかし多くは局地的・一過性に終わり、権力の武力弾圧や国家体制の吸収により大規模社会変革には至らなかった。

* 成功に必要であったのは、

  1. 広域的ネットワークの構築、
  2. 明確な理念の共有、
  3. 長期的組織化と準備期間、

     である。

 

 

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